2022年3月下旬、ちょうど桜の季節でした。
電車に揺られて約1時間30分で「甲府駅」に到着。
そこから約10分掛けて歩くと・・・。

甲府城に着きました!
天候は悪いものの、桜が綺麗に咲いてました。
簡単な歴史解説
平安時代~鎌倉時代(かつての甲府城)
平安時代後期に一条忠頼が一帯を支配する為に居館として甲府城を築きました。
当時の甲府城は現在地の近くにあり、忠頼の死後は夫人が菩提を弔うために
開いた尼寺になり、鎌倉時代には一連寺という名称になりました。
(一連寺は、現在地にある甲府城の近くにあります。)
戦国時代(甲府の発展と築城)
戦国時代に入ると、武田信虎によって躑躅ヶ崎館を中心とする城下町が開設されました。
甲斐武田氏の滅亡後、天正壬午の乱を経て甲斐国を徳川家康が治めるようになり、
1583年に現在の甲府城の築城が企図・開始されました。
その後、1590年の小田原征伐により北条氏が滅亡し徳川家康は関東に移封され、
代わりに豊臣一族の豊臣秀勝が入封します。
そして、彼を含め豊臣氏家臣によって修築され1591年に本丸などが完成しました。
江戸時代(徳川一族による支配)
1603年に徳川義直が城主となり、以降は徳川一族が甲斐一帯を治めるようになります。
1705年、徳川綱吉の側用人であった柳沢吉保が城主となりましたが、
1724年に柳沢氏は転封となり、幕府領となりました。
なお、柳沢吉保が城主だった時期に新しい曲輪と御殿が建設されました。
明治時代~現代まで
1868年、戊辰戦争の流れで板垣退助らが無血入城します。
1873年に廃城となり多くの建物が取り壊されました。
そして、1876年に鍛冶曲輪に勧業試験場が設置され、1880年には
明治天皇が勧業試験場を視察し天守台も臨幸しました。
それを記念して1938年に天守台に址が建設されました。
2013年には鉄門が復元され、現在は公園として公開されています。
他の写真

今回は正面からではなく「鍛冶曲輪門」を通って入り「坂下門跡」の近くで撮影しました。
桜が咲いていたのもあり綺麗に撮れました。

復元された「鉄門(くろかねもん)」を正面から撮影しました。
復元ではありますが、迫力があり少しだけ圧倒されましたw

「本丸」です。他の場所と同様に、公園跡になっています。
着いた頃には夕方になってしまったので、急いで「天守台」まで行きました。

「天守台」から見た甲府市内です。天気が良ければ、富士山を見ることができます。

「本丸」を出て「稲荷曲輪」に行き、「稲荷櫓」を撮影しました。
夕方だったので暗くなりつつありましたが、なんとか綺麗に撮影することが出来ました。

「山手御門」です。こちらは、甲府城と線路を挟んで反対側にあります。
日が沈んで夜になりましたが、ライトアップしていたので綺麗でした。
スタンプ設置場所と御城印販売場所
スタンプ設置場所:舞鶴城(甲府城)公園管理事務所 ※鍛冶曲輪にあります。
御城印販売場所:甲府市観光案内所 ※甲府駅南口広場にあります。
アクセス
交通機関:1.東京駅から甲府駅まで、「在来線」と「特急列車」で約2時間
2.甲府駅から現地まで、「徒歩」で約10分
終わりに
あれから、約3年ほど経ちました。
行った時間帯が遅く、しかも天候が悪い時に行ったので綺麗に撮れてない写真が多かったです。
また、高島城の時と同じく富士山を見ることが出来ませんでした・・・。
その代わり、桜が綺麗に咲いていたので楽しむことは出来ました^^
どこかのタイミングで再度行こうと思います。
その時は、必ず快晴の時に行って富士山を見ようと思います。
・・・さて、今日はここまで。次回も、お楽しみに!
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