鉢形城【名城:No.18】

名城100選

2023年3月、天候が安定しない日々。
電車に揺られて約1時間40分、「寄居駅」に到着。
そこから約20分掛けて歩くと・・・。

鉢形城に着きました!
目の前にある建物は「鉢形城歴史館」で、「外曲輪」に建っています。

簡単な歴史解説

室町時代後期(築城と経緯)

1473年、山内上杉氏の家宰であり実権を握っていた長尾景信が死去し、
嫡男の長尾景春ではなく弟の長尾忠景が家督相続します。
この家督相続を当主の上杉顕定が認めたことで長尾景春は離反し、
当時対立していた足利氏(古河公方)と手を組みます。

そして、復讐するために1476年に築城しました。
その後、1478年に扇谷上杉氏の家宰である太田道灌によって攻められ落城し、
最終的に上杉顕定が入城し支配するようになります。

戦国時代(北条氏の台頭)

1494年に上杉顕定の養子である上杉顕実が支配するようになりますが、
1512年に同じ養子であった上杉憲房によって落城します。
1515年に上杉憲房は家督を相続し関東管領職にも就きましたが、
扇谷上杉氏・北条氏・甲斐武田氏などと長年にわたる抗争が続きます。
その後、1546年に発生した河越夜戦にて北条氏が勝利したことで
武蔵国の覇権を獲得し、山内上杉氏と扇谷上杉氏は衰退していきます。

それに伴い、鉢形城を北条氏が支配するようになり1564年にこの地域の豪族であった
藤田康邦に入婿した北条氏邦を入城させ整備し、北関東支配の拠点としました。

安土桃山時代(北条氏の衰退と廃城)

1590年の豊臣秀吉による小田原征伐では、北条氏邦の家臣である黒澤上野介らが
約1ヵ月に渡って籠城し戦いましたが、降伏し開城します。
その後は廃城となり、徳川家康の関東移封に従ってきた成瀬正一・日下部定好が代官となり
周辺を統治するようになります。

現代

廃城とはなったものの遺構が極めて良好な状態で残っており、
関東地方の戦国時代の状況を示す文献資料も豊富に残っていたことから
1932年に「鉢形城跡」として国の史跡にとして指定されました。
その後、ガイダンス施設である鉢形城歴史館が設置され、
現在では鉢形城公園として整備され、当時の遺構を見ることができます。

他の写真

今回は大回りでしたが道路に沿って歩き、先に「逸見曲輪」に行きました。
所々で修復工事をしていましたが、曲輪や空堀がハッキリ残っていました。

歩道を挟んで反対側に少し歩くと、「三の曲輪」に着きました。
そこには、「四脚門」と呼ばれる復元された門がありました。

「四脚門」をくぐり抜け「三の曲輪」を少し歩くと「掘立柱建物跡」に着きました。
一部は写真のように復元されており、近くには建物跡を示す杭のようなものがありました。

「二の曲輪」に着きました。近くに「稲荷神社」があり、その参道もあります。

「障子堀」と呼ばれる空堀です。この堀は、城跡にしては珍しく降りて散策することができます。

最後に「本丸曲輪」に来ました。崖の上にある曲輪で、崖下には荒川が流れています。
また、道路を挟んで反対側には人材センターの施設が建っています。

スタンプ設置場所と御城印販売場所

スタンプ設置場所:鉢形城歴史館 ※閉館時は、駐車場正面入口の右側のポストに置いています。
御城印販売場所:鉢形城歴史館
※2階受付にて購入出来ます。

アクセス

交通機関:1.東京駅から熊谷駅まで、「電車」で約1時間10分
     2.熊谷駅から寄居駅まで、「電車」で約30分
     3.寄居駅から現地まで、「徒歩」で約20分

終わりに

あれから、約2年ほど経ちました。
写真からでも分かるかと思いますが、当時は天気が悪かったです。
しかも、運が悪いことに途中で雨が降って大変でしたw

ただ、曲輪や空堀など遺構が綺麗に残っていました。
その為、見応えがあり散策も楽しめて良かったです^^

どこかのタイミングで再度行こうと思います。
その時は、必ず快晴かつ花などが綺麗に咲くころに行きたいと思います。

・・・さて、今日はここまで。次回も、お楽しみに!

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