※杉山城 の続きとなります。
杉山城を散策してから約30分掛けて嵐山町役場に行き、スタンプを押印。
そこから約50分掛けて歩くと・・・。

菅谷館に着きました!
グーグルマップを使って、嵐山町役場から一番近い場所にある「西ノ郭」にたどり着きました。
簡単な歴史解説
鎌倉時代(初期の頃とその後)
鎌倉幕府の有力御家人である畠山重忠が、
鎌倉街道の要衝にあたる菅谷の地に館を構えたのが始まりです。
1205年に畠山重忠が戦死したあとは、畠山氏の名跡を継いだ
足利義純の子孫が支配したと伝えられています。
(なお、築城した時期は現在も不明です。)
戦国時代(菅谷館を巡る争い)
1488年、館の近くにある菅谷原にて山内上杉氏と扇谷上杉氏が衝突し激戦を繰り広げていました。
その激戦の前後に山内上杉氏の上杉顕定が家臣の太田資康に命じ、
扇谷上杉氏の拠点である河越城に対する抑えとして再興し拠点としました。
その後、長期に渡る激戦に勝利した山内上杉氏は
扇谷上杉氏の当主である上杉朝良を幽閉します。
その後、1546年の河越夜戦にて山内上杉氏は滅亡・扇谷上杉氏は衰退することになり、
代わりに北条氏が支配するようになりました。
以後、北条氏の家臣である小泉掃部助が城代となり小田原征伐で北条氏が滅ぶまで守備していました。
(なお、廃城となった時期も現時点では不明です。)
現代
発掘調査が行われた際、当時の曲輪や堀などの遺構が見つかりました。
中世館跡の遺構としては希少な遺跡であり保存状態も良好でした。
それもあって、1973年には国の史跡に指定されました。
そして、2008年には杉山城・松山城跡・小倉城跡と共に
「比企城館跡群」の名称で一括して国の史跡に指定されました。
現在では三ノ郭には埼玉県立嵐山史跡の博物館があり、それ以外に
二ノ郭・本郭・西ノ郭・南郭が遺構として残っており散策することができます。
他の写真

「西ノ郭」と「三ノ郭」を繋ぐ復元木橋です。「正坫門(しょうてんもん)」という
「三ノ郭」の出入り口があり、「西ノ郭」よりも高くしており、その間に空堀を造っています。

「三ノ郭」を通って「二ノ郭」に行く際、大きな土塁と空堀がありました。
写真では伝わりにくいですが、「本郭」と「二ノ郭」の間にあり深く掘られていました。

「二ノ郭」に着きました。杉山城では見なかったのですが、こちらでは花が綺麗に咲いていました。

「南郭」です。この曲輪は、他の曲輪よりも低く造られています。

「本郭」に来ました。この曲輪は周りを土塁と空堀で囲んでおり、堅牢な造りとなっています。

「三ノ郭」に来ました。写真の柱の部分には、かつて館があったそうです。
また、その後ろには「埼玉県立嵐山史跡の博物館」が建っています。
(なお、裏入口がありますが、私が行った時は閉まっていました。)
スタンプ設置場所と御城印販売場所
スタンプ設置場所:埼玉県立嵐山史跡の博物館 ※入ってすぐの場所にあります。
御城印販売場所:埼玉県立嵐山史跡の博物館 ※受付にて購入出来ます。
アクセス
交通機関:1.東京駅から武蔵嵐山駅まで、「電車」で約1時間30分
2.武蔵嵐山駅から現地まで、「徒歩」で約20分
終わりに
あれから、約2年のほど経ちました。
杉山城からそのまま行ったのもあり、晴れたままで良かったです^^
ですが、杉山城から行くのに結構遠くて大変でした。
ただ、平坦な道のりだったので歩くのは苦労しませんでした。
それでも約50分も掛かったので、結構疲れましたw
また、埼玉県立嵐山史跡の博物館にて御城印を購入した際、白紙の紙を渡されました。
なんと、自身で御城印を作成する体験をすることができました。
スタンプを押すだけの簡単な作業でしたが、貴重な体験ができて良かったです^^
どこかのタイミングで再度行こうと思います。
その時は、自転車などを使って行こうと思いますw
・・・さて、今日はここまで。次回も、お楽しみに!
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